猫について

ペットの再生医療の普及と飼い主の期待、そして倫理について

再生医療とは

再生医療とは、病気や怪我で失われてしまった細胞や臓器の働きを取り戻すための医療です。従来の治療方法ではなく、細胞や組織を利用して修復したり再生したりする方法をとります。

生き物の体には治癒力がありますが、臓器や神経など、一度壊れると元に戻りにくい組織も少なくありません。再生医療は、その元に戻らない部分を、細胞や組織を利用して修復・再生させるのを目的としています。

まだ広く普及してはいない先進的な医療分野ですが、人と同様にペットに対しても注目されています。例えば、以下のようなものが代表例です。

  • 細胞を使う方法:皮膚や軟骨の細胞を移植して、傷や関節を治す。
  • iPS細胞・ES細胞:人工的に作った万能細胞を使い、必要な細胞(心臓、神経など)に変えて治療に利用する。
  • 遺伝子治療・ゲノム編集:遺伝子を修正して、病気の原因そのものを治す。

実用段階のものは少ないものの、身近な例もあります。やけどで失われた皮膚を人工皮膚で補う、関節の軟骨を細胞で修復するなどの治療は実験的に行われています。また、将来的には心臓病や脊髄損傷、糖尿病などの治療にも応用される可能性がある分野です。

ペットの再生医療

ペットに対しても再生医療が行われている例があります。関節や靭帯、皮膚などの再生や移植を行う治療が代表例です。

また、免疫細胞療法という治療法も行われています。人にも動物にも、体には免疫という、病気やがんを攻撃する仕組みがあります。免疫細胞を人工的に強化して、がんなどの病気と戦わせる治療法を、免疫細胞療法と言います。ペットの体から免疫細胞を取り出して培養してペットの体に戻したり、さらにペットの体から癌細胞も取り出して免疫細胞に攻撃方法を覚えさせてからペットの体に戻りたり、といった方法が試みられています。

まだまだ実際に効果があるのか、安全なのか不安も残る分野です。また、費用も非常に大きくなり、保険が使えない場合もあります。

しかし、ペットが病気になってしまった飼い主としては、希望があるなら検討したい方法であることは確かです。また、費用も非常に大きくなり、保険が使えない場合もあります。

私たちも過去に、飼っていた猫が2匹リンパ腫になってしまいました。

最初の猫がリンパ腫になったときに、免疫細胞を培養する方法を知りました。やってみようか考えましたが、この時はどのような治療法か知らず実効性に疑問があったこと、まず抗がん剤について調べて治療を進めているうちに時間切れになってしまったで、実施には至りませんでした。もちろん、治療費が高額であったことも躊躇した理由の一つです。

2匹目のリンパ腫の際は、免疫細胞を培養する方法だけでなく、さらにがん細胞を攻撃するように強化する方法についても調べました。いくつかの病院や大学教授は、私たちのような素人の質問にも丁寧に答えてくれました。ただ、やはり理論は理解できたものの、実効性や安全性については不安が残ったのは確かです。また、この時の猫のリンパ腫は珍しくて進行も非常に早いものだったので、余計に効果があるのかわからなかったことも躊躇した理由となりました。

再生医療の倫理的問題

上記のようなわけで、私たちは結局再生医療を試したことはありません。また、再生医療には倫理的な問題も残っています。

細胞や遺伝子を操作する方法なので、人や動物を作り変えることにつながるのです。究極的に辿り着くのがクローン技術です。生命を操作し改造し作り出すことに対する抵抗です。

また、ペットは人に比べて規制が少ないため、再生医療も比較的自由に行えます。それが結局のところ動物実験のようなものだとも考えられるのです。安全性が確立されていない治療法を、もしかしたら効果があるかもしれないという理由でペットに施すのは許されるのか。飼い主にとっては藁にもすがりたい状況なのは確かですが、簡単に結論が出るものではありません。

倫理的な合意形成に関する論文紹介

ここでは、再生技術そのものではなく、ペットの再生医療をテーマにした意思決定や合意形成を促す試みについての論文を紹介します。

参考:福井智紀・飯嶋遥蘭(2022)「ペットの再生医療をテーマに『考える力』を育む ― 新しいオンライン教材の開発」日本科学教育学会研究報告 Vol.36 No.5,p.31-36

論文の背景

近年、iPS細胞やゲノム編集などの先端科学が急速に進展し、「再生医療」は人間だけでなく、ペットの世界にも広がりつつあります。クローン犬や再生医療を取り入れた動物病院の登場は、「家族同然のペットに最新医療を受けさせたい」という飼い主の願いを背景にしています。

しかし、その一方で「倫理的に問題はないのか?」「規制はどうあるべきか?」という倫理・法・社会的課題が常につきまといます。この難しいテーマを中高生や大学生が学び、自ら考え、意見を交換するための教材が開発されました。それをがこの論文で紹介されている 「ペットの再生医療に関するオンライン教材」です。

教材について

教材の狙いはシンプルです。ただ知識を得るだけでなく、自分で考え、他者と話し合い、合意をつくることです。

教材の流れは以下の通りです。社会で使われる「コンセンサス会議」という手法を簡略化して取り入れた学習です。

  • 再生医療の基礎知識を学ぶ:ES細胞、iPS細胞、遺伝子治療、ゲノム編集の4つの技術を学習します。
  • 人とペットの現状を比較する:それぞれの再生医療の進み具合や課題を確認します。
  • 推進か規制かを考える:日本では推進すべきか規制すべきか、個人で記入します。
  • グループ討論:まず鍵となる質問をつくり、模擬的な専門家Q&Aを参考に議論し、最終的に「コンセンサス文書」をまとめます。

実際に使用した記録

この論文では、2021年1月に麻布大学の理科教育課程の学生17名を対象にして行った授業の内容が紹介されています。7割以上の学生が理解が深まったと答え、特に動物の再生医療に関しては新しい学びを得られたと評価しました。

学生の反応は以下のように要約されています。

良かった点

  • 他者の意見を聞くことで理解が深まった
  • 社会的な問題を理科の授業で扱えたのが新鮮
  • 鍵となる質問などの仕組みで議論が進めやすい

改善点

  • グループ討論の時間が足りない
  • 専門的すぎて中学生には難しいかもしれない
  • 専門家のリアルな意見がほしかった

意義と今後の課題

この教材が示した大きな意義は、科学の最先端と社会課題を結びつけて考える学習を可能にしたことです。理科の授業が「知識の暗記」だけではなく、社会に生きる力=科学的リテラシーを養う場になることを示しました。

一方で、中学生に導入するには内容の難易度や議論の進行方法に改善が必要だという意見も大きかったようです。

科学が進歩するほど、「知る」だけでなく「考え、話し合う」力が求められます。ペットの再生医療は、私たちに科学技術をどう社会に取り入れるかという問いを突きつけています。教材開発は、その問いを学びの場に持ち込み、未来を担う学生たちに考える機会を与える試みです。

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